天然な妻との楽しい日々。ただし、運転時は除く/旦那さまは貴族(山田ルイ53世)

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series_03
髭男爵山田ルイ53世
僕の妻は、俗に言う“天然”である。

数年前。

娘がまだ赤ん坊の頃。

抱きかかえた彼女の背中を、妻がトントンと叩いている。

授乳後の“げっぷ”を促すためだ。

母子の抱擁、その光景は、大理石のレリーフさながら。

神々しささえ感じられた。

「…ゲフゥ―――」

盛大な“げっぷ”を、娘ではなく、何故か妻が放つまでは。

「お前がするんかい!」

後にも先にも、自宅であれほど声を張ったことはない。

 

またある時は。

僕の誕生日の贈り物に、芸能界の大先輩からワインを戴いた。

1975年産…僕が生まれた年に造られた、三十数年ものの貴重、かつ、高級な代物である。

(娘が成人した時に、家族三人で乾杯しよう…)

そんな想いを胸に秘め、妻に託す。

翌日、シチューの隠し味に使われるとも知らずに。

北大路欣也を、通行人Aでキャスティングするような無駄遣い。

妻の暴挙に、

「マジか!?」

「もうあけたんかい!」

「勿体ないやろ!」

去来する様々な想いをふるいにかけ、

「いや…隠すんかい!!」

辛うじて、一つ突っ込む。

 

芸人の嫁としては、ネタを提供してくれる優秀なパートナー…有難い。

天然も御愛嬌である。

しかし、こと命にかかわる案件となると、話は別。

特に、車の運転である。

「気を付けてよ!」

「車間距離開けて!」

「今日、自転車多いからね!」

「ブレーキ急過ぎるよ!」

妻の運転で、仕事先まで送って貰う際も、教習所の教官顔負けの小言を連発してしまう。

別段、妻の運転が荒っぽいわけではない。

むしろ、安全運転。

しかし、普段から、妻の“天然”を目撃している僕としては、

「何かの拍子に事故るんじゃ…」

不安が拭い切れない。

加えて、生来、僕は臆病で気が小さい。

ついつい、口を挟んでしまうのである。

 

最初の内こそ、

「分かった」

「はい」

無機質な声色ではあるが、僕の指摘に逐一頷いていた妻も、

「もう…うるさいな――!」

終いには、怒りだす。

只でさえ、神経を遣う運転中。

ゴチャゴチャと横槍が入るだけでも鬱陶しかろう。

加えて、

「免許もないくせに!!」

妻のこの一言が物語る通り、僕自体、車の運転免許を持っていないのである。

無免の人間に、運転のことをあれこれと…苛々するのも理解出来る。

しかし、妻よ。

それを言ってはお終いなのだ。

男にとって、運転免許がないというのは、肩身が狭いもの。

それは、もはや、“童貞”に匹敵する程に。

時代錯誤は重々承知だが、この手の男らしさの縛りは、依然として世に蔓延っている。

結果、僕は黙るしかなくなり、車内は険悪な雰囲気に。

気が滅入り、仕事に差し支えかねない。

 

もう、妻の運転中は何も言うまい。

一度は、そう固く心に誓い、口出しするのを止めていた。

あの出来事に遭遇するまでは。

これは男女の問題ではない >>

 

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