「三人ではなく家族」ひとりのお正月に思うこと/山田ルイ53世(髭男爵)

Pocket

series_03

3

2017年…新しい年が幕を開けた。

苛酷な一年を走り抜く英気を養うための数日間…お正月。

お雑煮、お年玉、初詣。

暴飲暴食のドンチャン騒ぎに興じるも良し、心静かに一年の計を練り上げるも良し。

その過ごし方は十人十色だが、いずれにせよ多くの人々にとって、特別な数日間であることは間違いない。

 

しかし、僕にとっての正月は、“五月十八日”とか“十月十二日”…要するに、“平日”と同じ。

何の変哲もない“毎日”と見分けが付かない。

 

原因は、妻の帰省である。

大晦日から正月にかけての一週間から十日間、彼女は必ず里帰りをする。

結婚する以前から続くこの恒例行事には、娘が生まれてからも特に変化は見られない。

今では、親子連れだって帰省するため、僕は自分の娘と正月を過ごしたことが一度もない。

言ってみれば、家族の“ふるさと納税”…僕の地元ではないのだが。

 

「高齢の両親が心配だから…」

と言う妻に対して、僕の言い分は

「正月くらい家族三人、我が家で過ごせばいいのでは?」

彼女の帰省、それ自体に苦言を呈しているわけではない点…一つ御理解頂きたい。

そもそも、妻の帰省は正月に限ったことではないのだ。

お盆は元より、暦上特別な節目ではない時期だとて敢行されている。

詰まる所、彼女の心の軸足は常に実家に置かれており、地方から上京した出稼ぎ労働者さながら、常に故郷を恋焦がれているのである。

 

加えて妻には、少々“ファザコン”の気がある。

普段から、

「えらい長々と電話してるなー…」

と思えば、相手は大概義父であり、放って置けば、一時間も二時間も話し込んでいる。

「親と何をそんなに話すことがあるのか…」

この二十年間、帰省どころか、両親と顔を合わせたことすら殆どない…そんな“貧乏な家のカルピス”顔負けの親子関係の希薄さを誇る僕からすれば、到底理解出来ない。

とにかく。

おかげで、僕は単身赴任のサラリーマンよろしく、一人孤独な年末年始を過ごす羽目に。

所謂、“正月っぽい”ことなど何一つない、無味乾燥な日々…率直に、惨めである。

「自分も一緒に、奥さんの実家に行けば!?」

そう思う方もいるだろうが、これまた難儀である。

飛び石状にではあるが、スケジュールは仕事で埋まっている。

“売れっ子”の方々のように、正月休みをまとめてとれる御身分ではないのだ。

 

2016年の大晦日。

地方での余興の仕事を終え、帰宅しても、勿論、今年も我が家はもぬけの殻。

腹が減り、冷蔵庫を漁るが、冷凍の坦坦麺しかなかった。

仕方なく、それをレンジで温め、年越し蕎麦代わりに啜る。

縁起担ぎも何もあったものではない。

「来年も“淡々”(坦坦)と過ごせますように…」

「トークの絡み(辛み)が上手く(旨く)なりますように…」

無理矢理“引っかけて”みても、虚しさが募るだけである。

そこから数日間。

時々仕事に出かけ、洗濯し、飯を炊き、食器を洗い、掃除機をかける。

謹賀新年など何処へやら。

一人酒を呑みながら、思い出されるのは数年前の家族の記憶である。

娘が数えた「かぞく」 >>

 

Pocket

運営会社    お問い合わせ    利用規約    プライバシーポリシー    TOFUFUについて
© TOFUFU