股間より隠さねばならない「シルクハット」の秘密/山田ルイ53世(髭男爵)

Pocket

series_03

kizoku12
風呂に入る時、一番最初に洗う場所。

人それぞれだが、僕は“股間”である。

股間である…じゃない。

女優やアイドルならいざ知らず、四十一歳になるおじさんの、

『体のどの部分から洗うかランキング』

など、誰一人興味がないのは百も承知。

第一位の発表で、止めておくので御容赦願いたい。

 

別に、デリケートゾーンにまつわる、ほろ苦い思い出があるわけではない。

ただの習慣、マナーである。

芸人を志し、上京してからの十年間、僕はずっと三畳一間の、風呂なしアパートに住んでいた。

長年に渡る銭湯通いのおかげで、僕は、入浴マナーには、人一倍うるさくなった。

股間は元より、体をすっかり清めてから湯に浸かることなど基本中の基本。

ましてや、今や娘と入浴する機会も多い。

子供と言うのは、免疫が弱いらしく、何の脈絡もなく熱を出す生き物である。

なるべく、雑菌の類には触れさせたくない。

出来ることなら、入れ歯の様に“カチッ”と取り外し、市販の洗浄液に一晩漬けておきたいくらいである。

とにかく、娘も入る風呂に、穢れたままの股間を浸けるのは気が引ける。

勿論、医療の知識もない僕の、素人考え、戯言に過ぎないが、水素水よりはいくらか娘の健康に役立つだろう。

 

その日も、僕は湯船の外で、股間をワシャワシャしていた。

妻と娘は、湯船に浸かり水遊びの真っ最中である。

「やめてー!ももちゃん!やめなさい!!」

妻の悲鳴に続いて、

「キャキャキャキャ!」

という娘の笑い声。

見れば、湯船の中で立ち上がった娘が、水鉄砲で妻の顔面を狙い撃ちにしている。

妻は、両手を前に付き出して攻撃を防ごうと試みているが、娘の方が一枚も二枚も上手。

器用に防御の隙間を掻い潜り、水鉄砲を命中させている。

もうすぐ五歳…子供の成長は、著しい。

 

「…大きくなったな―!」

目を細め、娘の顔を見た僕は、思わずギョッとした。

何故なら、娘も同じく目を細め、僕の方を見ていたからである。

いや、彼女の顔も体も依然として妻の方を向いている。

「ももちゃん!ホントに、ママ怒るよ!!」

妻の悲鳴が示す通り、水鉄砲での攻撃も続いている。

つまり、娘は、

「パパの方は向いてませんよー…」

と、妻と遊んでいるふりをしながら、“横目”でずっと僕を見ていたのである。

ホラ―映画さながらの状況に、風呂場にいるのに、鳥肌が立つ。

しかも、娘が横目で見ていたのは正確には僕ではなく、僕の股間であった。

どうやら、大っぴらに見てはいけないものだという認識はあるようだ。

ゆえの“横目”。

それがむしろ、葛藤の末の行動であることを際立たせ、余計に僕を戸惑わせる。

とにかく、凄まじいまでの“横目”。

それはもはや、“凝視”と言っていいレベルである。

限界まで目の端に寄せられた娘の黒目は、窓から身を乗り出す、好奇心旺盛な少年のよう。

もう少しで、黒目が目尻の手すりを乗り越えて、落下しそうである。

我が家は、女二に男一。

男の方が少数派、異物であり、興味津々になるのも致し方ない。

「自分とママにはなくて、パパに付いている“あれ”は一体何なのだろう!?」

不思議に思うのは、十分理解出来る。

しかし、以前なら、

「パパこれなにー?」

と無邪気に僕に訊いてきたはずである。

見ていないふりをしたりはしなかった。

つまり、“横目”は娘の成長の証と言えなくもない。

嬉しい反面、彼女の好奇心、観察眼のレベルが、また一つ上がったことに、少々怯えた。

それまでは、僕は娘の目をそれほど意識していなかった。

まだ小さな子供…何も分かるまいと、高を括っていたのである。

心のどこかで、マジックミラー越しに、僕が一方的に観察できる対象だと舐めていた節があったのだ。

しかし、それも終わり。

僕は、ある決心をする。

隠すのだ。

股間ではない…シルクハットである。

 

Pocket

運営会社    お問い合わせ    利用規約    プライバシーポリシー    TOFUFUについて
© TOFUFU