「パパ、ルネサーンでしょ?」湖上のボートのように心が揺れた箱根旅行/山田ルイ53世

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山田スワン、浸水の危機

 

心なしか、スワンの左側、つまり僕サイドが傾いてはいるものの、浸水などにはほど遠い。

ボート屋の“大丈夫”もあながち根拠が無いわけではなさそうだ。

安心して家族三人楽しんでいたが、危機はすぐそこに迫っていた。

桟橋から大分離れた地点で、興奮した娘が何の脈絡も無く、僕の膝の上に飛び移って来たのである。

「いや、ちょっとー!ももちゃん、駄目!!」

制止の声は耳に入らぬようで、

「キャキャキャキャ!」

無邪気に喜んでいる。

船体は大きく傾き、ボートの縁に預けていた僕の左肘が冷たい水に触れた気がした。

「ヤバイヤバイヤバイ!」

態勢を立て直そうと焦る僕……にも増して、大パニックに陥ったのは妻である。

「いやあ――――!沈む沈む沈む!!ちょっともう無理!帰って、岸まで早く帰って――!!」

彼女は泳げない。

「いや、大丈夫!ひっくり返るとか絶対ないから!」

言い聞かせるが、効果は無い。

「いやああ―――――!!!」

と取り乱す彼女を見て娘は、

「キャキャキャキャキャ!!!」

益々テンションが上がる始末。

地獄絵図である。

 

なんとか桟橋に辿り着き、スワンを降りると、

「だから乗りたくないって言ったのに!」

と妻。

いや、言ってない。

言ってないがそれを言っても仕方がない。

夫婦の間の水かけ論は、大概僕が一方的にビショ濡れとなる。

怒り心頭の彼女に、

「旅館行こうか……」

と声を掛け、娘の手を引き歩き出すと、ボートの係留作業を終えたボート屋のオヤジが、

「お客さん、乾杯の人?ルネッサーンス?」

面倒臭いタイミングでの“顔バレ”。

適当にもごもご言ってその場を誤魔化し立ち去るが、

「ねー、パパ―、テレビでルネサーンっていってるもんねー!」

娘の一言に、背筋が凍る。

誰かが吹き込んでいるのか。

最近娘は、ぐいぐい僕の正体、その核心に近付いており、今まで隠し続けてきた身としては、気が気ではない。

ここで認めては全てが水泡に帰す。

いつも通り、

「違うよ―!似てる人だよ―!」

と答えつつ、

(要らんこと言いやがって!)

と心の中でオヤジを呪った。

 

その夜。

食事と温泉を満喫し、家族皆で川の字で寝る。

エステは妻の肌だけではなく、心もツルツルにしてくれたようで、すこぶる機嫌が良い。

すると、僕の布団に潜り込んできた娘が耳元で、

「パパ、ルネサーンでしょ?」

昼間の出来事をまだ覚えているのか。

しかし、僕の返答は変わらない。

「違うよ?似てる人だよ?」

すると娘は、

「うそだよ!うそばっかしついて!」

といつになく食い下がる。

「違うよー!パパのお仕事そんなんじゃないよ―?」

今さら折れるわけにもいかないので、押し問答を続けていると、

「じゃあ、パパ……おしごとしてないじゃん!!!」

キレた娘は言い放ち、妻の布団へと帰っていった。

 

『お前のパパはー売れてない―!!』……少なくとも、『お前のかーちゃんで―べーそー!』より遥かに具体性と実効性を伴ったディスに、幼い娘が晒されてはと隠し続けてきたがそろそろ限界。

幼少の頃読んだ、『醜いアヒルの子』を思い出す。

あの寓話のように、いつか娘が“白鳥”となって羽ばたく日を切に願うのだ。

何故なら、子供が白鳥なら、その親、つまり僕も白鳥……スワンとなる。

“一発屋”という醜いアヒルの汚名を、いつか娘が晴らしてくれるかもしれない。

情けない話だが。

 

Text/山田ルイ53世

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