大切な人と生きていくためにはフリーターではいられなかった話/元鈴木さん
クリスマスシーズンになると、毎年必ず思い出す出来事がある。
その日をきっかけに、自分のキャリアについてきちんと考えるようになり、私の人生は大きく変わった。
それまでの私は、大学を卒業してからなんとなく生きる、非常にありがちだが自称タレントのフリーターだった。
そんな私の人生を変えたのが、バイト先からの不当解雇だった。
2年半ほどバイトとして働いていた私
私は23歳当時、大学卒業後は芸能をやりながら赤坂のまずい鶏肉屋でバイトをしていた。
その店は、ウェイトレスが全員タンクトップとショートパンツで、給仕中でも音楽が鳴れば急に踊りだすというアメリカンレストランだ。
時給は1500円。
キャバクラでもなく普通のレストランでもない給料で、ギリギリ魂は売らなくても良い絶妙な値段が私にとって魅力的だった。
私はそこで初期メンバーとして2年半働いたのだが、ある日突然クビを言い渡された。
私がクビになった理由は、4つある。
・売り上げを普通にしか上げなくなった
・古株だった
・私の男グセの悪さ
・元彼が社員になってしまった
ここまでビンゴだと、自分でもつくづく運が悪かったと思う。
上から順に説明しよう。
売り上げを普通にしかあげなくなるまでの私は、めちゃめちゃに売り上げる人間だった。
私はただのウェイトレスで、別に店は高級店でも、ドンペリを置いてるような場所でもなかったが、私はとにかくセールスが上手かった。
一杯500円のショットとグッズを売り歩いて、4〜5時間で20万は売り上げを伸ばすことが出来た。
そのため、通常ウェイトレスは1人につき5テーブルほど担当するのだが、私だけはテーブルを基本持たなかった。私のために、テーブルを持たずにショットやグッズを売り廻る『ハンター』というポジションが生まれたからだ。
当時は数字が目に見えて上がっていくのが楽しかったし、数時間で何百杯もショットを出すのは達成感があった。
どんなに売ってもハンターにはバックが一切入らなかったのに、よくやっていたものだと思う。
しかし結局、次第に正当な評価をもらえないことへの不満が溜まっていき、だんだんとお店への愛が薄れ、私はある日からハンターをやらなくなった。
そうして、お店側にとっての私の利用価値が特別なものではなくなったのだ。
私のやる気がなくなった時期と、店側の「古株を切りたい」と願う時期が重なったのも運が悪かった。
なぜ古株を残しておきたくないかと言うと、その店には世界規模の大会があるからだ。
その大会は、毎回上層部の人間の友人の娘だとか、わざわざそのために雇ったと思われる女の子に内々で決まっていたので、希望を胸に日本大会にエントリーした多くの女の子たちをがっかりさせていた。
そういった引き継いでほしくないような情報が新しく入ったウェイトレスに伝わらないよう、古株から切りたかったのだろう。
私がクビになる以前にも、初期メンバーが何人も同じように切られていた。
また、私の男癖の悪さも一因にされていた。
若い頃の私は非常に手が早かった。
「食べたい!」と思った時に食べたい男を食べていた。
明日男に刺されて死ぬかもしれないから悔いのない人生にしたかったのだ。
だが、どうやらそのせいで私が他のウェイトレス達に悪影響だと言われていたのは知っていた。
「知るか!女子高かここは!」という感じだが、一刻も早くクビにしたいほど、私の男遊びには鬼気迫るものがあったのかもしれない。
私の男遊びが、大の大人をそこまで怖がらせてしまっていたのなら実に申し訳ないと思う。
極め付けは、元彼が社員になったことだった。
完全にタイミングが悪かった。明らかに私が店にいたら気まずくなるのは見て取れた。
社員を優先するなら、私が邪魔になるのも納得がいった。
かくして私は、
今までテレビでも散々披露していた店のダンスを『秘伝のダンスを芸人に教えたことが守秘義務に反する』という、非常にどうでもいい理由で、明日から来なくていいと言われたのだった。