「家事は誰のものか」と考えること/元鈴木さん

Pocket

 

父親が家事を一切しない家庭で育った私

 

私の家庭は、父親が一切家事をしなかった。

 

父親は自分の着るものがどこにあるのかも知らないし、ご飯のお代わりにすら自分で立たない。

思春期の頃には、「おかわり」と当然のように出される茶碗を一瞥して「自分で行けば?」と反抗してしまったがために「誰のおかげで飯が食えてると思っているんだ」と大ゲンカになったものだった。

 

そんな父親に対して「自分が黙っていれば丸く収まる」と共働きにも関わらず従い続けた母親も、前時代的な父親自身も嫌だった。

 

10代の私は、「私は絶対に真逆の人生を生きてやるんだ」と事あるごとに心の中で誓っていた。

 

 

そうして現在、当時の私の理想通りの夫(胸毛ゴリラが当時から理想だったかは置いておいて)と結婚した私。

 

しかしこんなに家事に協力的なゴリラがいても、「あら、お手伝い?」と言ってしまう程には男性に家事を『お手伝い』してもらっているという意識がどこかにある自分に気づいてしまったわけだ。

 

いくら反発していても、刷り込まれた思想というのは根強いものである。

 

ゴリラが言いたかったこと

 

ゴリラは、「お手伝いじゃないのっ!俺がやらないといけないのっ!」と言った。

 

それはつまり「家事に参加するのは、その時だけのただのお手伝いじゃない。妻任せではなく自分もやらなくてはならないことなのだ」という意味だったと思う。

 

なぜなら、そう言われた後私が「Ohhhhhhh」と駆け寄ってキスして抱き合ってる最中に「ねこちゃん(私のことである)だけにやらせないよ…!」というドラマな一言を付け加えていたからだ。

 

私は「じゃそのトマト切ってくれや」とわりとアッサリ炊事に移ったが、ゴリラの気持ちは充分伝わっていた。

 

私のことを気にかけてるよ、と要は言っていたのだ。

Pocket

運営会社    お問い合わせ    利用規約    プライバシーポリシー    TOFUFUについて
© TOFUFU