夫婦はお互いの最高のコーチになるべき/苫米地英人(1)

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「夫、死ね」という検索ワードが上位にあがったことが一時期話題になりました。夫に死んでほしいと思うために結婚したはずじゃないのに…。

そんな状況を防ぐために、認知科学者の苫米地英人先生にお話を聞いてきました。

 

「夫死ね」は、好きじゃない人と結婚するからでしょ?

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――『夫 死んでほしい』と検索する妻が多いとネットニュースで一時期話題になったことがあります。また、『夫に死んでほしい妻たち』という、妻側の様々な考えをまとめた新書もネット上で現在話題になっているんです。

 

苫米地英人さん(以下苫米地):夫に死んでほしい人が多いわけね。

 

――なぜか妻のほうが夫を嫌っているっていう構図があるんですが、どうして死んでほしいほど憎くなるかの本質的な原因を今日はお聞きしたいです。

 

苫米地:答えはすごく簡単だよ。好きではない人と結婚してるから。
人を条件で見てしまう「婚活」が影響を与えているところはあると思う。婚活って本音は全部金だよね。人が人に掲げる「条件」ってほとんどお金に結びつくから、焦れば焦るほど好きでもない人と結婚する。
まあそうさせる社会か、婚活する女性か、どっちが悪いのかは別として。

もっと具体的に言えば、「結婚」にバリューをおいて、「結婚生活」にバリューをおいてないからともいえる。
日本人の結婚前の時間の過ごし方でいうと、子供ができたらどう育てようとか、親はどうするかよりも「結婚式」のことを考える時間の方が多いんじゃない? でも、結婚式自体は3~4時間で済むから、そこで目的を果たしたものが一生続いたらそりゃあストレスになる。
そうなるとあたる相手は夫か子供しかいないから。

 

――しかし、なぜ好きではない人を選んで結婚してしまうのでしょうか?

 

苫米地:周囲のあらゆるプレッシャーを受けて結婚しているから。
好きな人を選んで結婚した人は、どうなろうと大体のことが自己責任だとわかっているものじゃない? 相手がダメな男でも大抵、自分のせいだとわかっている。というか、当たり前なこというけど、結婚するくらい好きになったら、大体ずっと好きだって!(笑)
浮気はするかもしれないけど、「死ね」には中々ならない。

 

自分はどういう人になりたいの?

――そうかもしれませんね…。ただ、それでももし、そうなってしまった場合、解決方法ってあるんですか?

 

苫米地:自分が変われない限りは、別れるしかない。不満が解消される、より条件のいい方にいくしかない。ただ、つまりそういう人は自分自身のことも金銭的バリュー、条件で見ているから、年をとってバツイチになれば金銭的価値はおちていると考えるだろうし、それもストレスだよね。
ということは、どの道自分の生き方を変えるしかない。

 

――生き方は自分で変えられるものですか?

 

苫米地:おそらくね。本当に反省をすれば。俺らのところにくればかえられるんだけどね、それが仕事だから。
だけど、やることは同じで、本人に「自分はどういう人か」「自分はどういう人になりたいのか」って考えてもらう。お金という条件で婚活したり、他者に不満を強く持つ人は自分がないのよ。こういう趣味がやりたい、こういう生き方がしたいっていう発想が少なすぎる。だから、まずは自分を取り戻さなきゃいけない。
まずは自分のゴールを設定して、そういう生き方をした上で本当に好きな人を探す。心の中で結局お金がいい人がいい、とか思ってしまうかもしれないけど、それは捨てられる。

 

――そういう気持ちって、中々簡単には捨てられないと思うのですが、捨てられますか?

 

苫米地:捨てられる捨てられる。難しいかもしれないけど、少なくとも「夫死ね」って思う日々よりよくない?(笑)
夢があるし。もう一回新しい人生になるんだから。

 

――では自分の人格を変えれば、その死ねと思ってしまった夫とうまくいく可能性はありますか?

 

苫米地:いや、低い。だって相手は人格変わってないから。相手も自分を金銭的バリューで選んだ人なんだから。

ただ、相手も変わるんだったら別。相手を変える方法は、もうプロの仕事で、夫婦でカウンセリングをうけたり、コーチングをうける必要があるかな。

 

――アメリカだと夫婦のカウンセリングも普通のようですもんね。

 

苫米地:ひとつの可能性として。ただ相手は中々協力する気がないかもしれないけど。だから、まずは自己責任だと理解したほうがいい。

 

魚類にもコーチがいた!?
パートナーはお互いにコーチングをしろ

――そもそも、パートナー、という組み合わせは人間にとって本当に大切なんでしょうか?

 

苫米地:パートナーは必要だよ。俺らのコーチングで行うことってまさにそれだから。人はコーチがいることによって強くなれるし、現状の外でゴールを持つことができる。一人じゃできないことが二人じゃできるわけだから。俺は、魚が最初に陸にあがったのはコーチがいたからだと思ってる。

 

――魚にコーチがいるんですか?

 

苫米地:昔、魚が陸に上がってない時代は、進化の過程で魚ってでかくなってて、まぐろみたいな魚が海の中をうごめいてたわけだよ。
で、みんなで酸素を取り合って。過酷な状況だった。で、一匹目は陸にあがろうとする。そのときに周りがいうわけだ。「あんなとこ行ったら死ぬよ?」とか「君には無理」とか。それを「君にはできる!」って背中をおした魚がいるわけだ。それを俺らはコーチっていうのね。
現状の外側に行きたい本人に、みんなが止めても「君ならできる!」って言う人。
人間は、一人ではできないことを全面肯定してくれる人がいることで、強くなれるわけだ。
それが、我々コーチがお金をもらってやる仕事。ただでやるのがパートナー。パートナーの場合、報酬はお互いの好き合っている感情をうめてくれる、愛が報酬。
その結果として、近代社会では結婚という法律的な保護をくわえるわけでしょ。法律はあとからできたわけだから。パートナーシップ自体には法律関係ない。

 

――では夫婦といっても絶対籍いれなくてもいいってことですよね。

 

苫米地:籍はあんまり重要じゃないね。
籍っていうのはその夫婦関係での財産の共有であったり、病院で親族しか入れないであったりとか、ありとあらゆる法的な利便性のためにあるわけで。
もちろん国家としては徴税とかいろんな論理があるし、利便性も大切だけど、あくまでもそれはおまけだからさ。

背中を押し合う、一人じゃできないことをやれる相手を愛という報酬でくっつけあう、そういう関係がパートナーシップ。それが本来であって。そうじゃないのに結婚するって、ちょっと変じゃん。
それ以外の理由でパートナーになる理由はないわけだ。籍はどうでもいいよ。

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