「うちの妻の料理はほんと不味くて(笑)」配偶者下げ文化の背景にあるのは?

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配偶者下げは無難な話題

 

たとえば、こちらが「うちの夫は料理を作ってくれているから本当にありがたい」と言ったことに対し、「いいなー、私も結婚したい!」と好意的な反応を示してくれるような人には、自分の配偶者の良いところを説明するのに躊躇することはありません。

 

でも、話し相手が、結婚したくてもできていなかったり、したくなかったりする人もいれば、夫婦生活が順調ではないケースもありえます。そういう可能性がある相手に対して、配偶者上げをすれば、不興を買うだろうというのが想像できます。

話し相手の夫婦生活が順調だったとしたらどうでしょうか。こちらが自分の配偶者を下げるようなことを言っても、愚痴と受け止めて否定的には受け止めないことが多いですよね。

 

話の聞き手には色々な人がいます。誰にも悪く思われないと考えると、最大公約数的に配偶者下げを選択することになるわけです。

 

背景にあるのは同調圧力

 

では、この配偶者下げ文化は必要悪として仕方なく受け入れるべきか? といえば、私個人としてはできれば無くなって欲しいと考えています。

 

たとえ他人に対してでも、配偶者を下げるのに慣れてしまうと、面と向かって自分の配偶者を褒めることに違和感を覚えるようになっちゃうかもしれません。また、たとえ会話のネタであり、身内が対象であっても、他人を下げることは好ましいものではありません。

 

配偶者上げが嫌われる背景には、「みんな同じように幸せにならなきゃいけない」という同調圧力があると思うんですよね。

聞き手が配偶者上げに対し「あの家は夫婦円満で羨ましい」と思うのは、他人と比較して、自分の家庭も同じように幸せでなければならないという発想があるからです。

 

人の家は人の家で、自分(たち)は自分(たち)ならではの幸せがあるはずです。結婚しない人もいれば、夫婦生活が上手くいっていないこともある。人生が上手くいっていても上手くいっていなくても、その人のありのままが許容されるようになれば、意図的な配偶者下げも減るんじゃないかなと思う次第です。

 

Text/斗比主閲子

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